〈タルタロスで罰せられるイクシオン〉
イクシオンの落とし穴
イクシオンはディーアと婚約し、豪華な結納品をその父親デーイオネウスに約束しました。父親もそれに応え、イクシオンに立派な馬を与えました。
しかし、イクシオンはいつまでたっても、結納品を収めません。その不義理に起こったディーアの父親は、馬を取り返してしまったのです。
「あの欲の深いおやじめ!」。怒ったイクシオンは、なんということでしょう! 逆恨みからディーアの父親を殺す計画を立てました。宮殿に至る道に落とし穴を作り、真っ赤になった炭火を入れておいたのです。
その後、使いの者をディーアの父親に送り、伝えさせました。「お待たせしました。結納品をご用意いたしましたので、宮殿までお越しください」
奴め、とうとう結納品を用意したか」。何も知らないディーアの父親は喜んでやってきました。
父親は落とし穴に落ち、焼け死んでしまいました。こうして、イクシオンは「最初の親族殺し」となったのです。
※創世記のカインのアベル殺しとどちらが古いかは?
イクシオンの無謀、ゼウスはお見通し
この仕打ちに神々は怒り、イクシオンを罰するようゼウスに進言しました。妻になったディーアは父を殺されたにもかかわらず、ゼウスにイクシオンの命乞いをしました。ディーアはまれにみる美人。ゼウスはその女好きから、いずれディーアをものにする魂胆から、その望みをかなえたのでしょうか。
また、ゼウスはイクシオンを許しただけでなく、天上の宴会にも招いたのです。宴会の日。酒に酔ったイクシオンの頭の中は、とんでもない妄想で支配されていました。
「ゼウスは、俺に甘いな! それにヘラだって、ゼウスの浮気に身を持てあましているに違いない。絶対、ヘラをものにしてやる」。ゼウスの目を盗んでは、酒を飲みながらヘラにいやらしい色目を送っていたのです。
イクシオンの本性など、同じ女好きのゼウスにはお見通しでした。「イクシオンめ、親族殺しを見逃してやったというのに、我が妃ヘラをもたぶらかそうとは見下げはてたやつだ!」
ゼウスは雲て作った替え玉ネペレーを用意し、ヘラの寝所に寝かせておきました。
ルーベンス〈ヘラにだまされるイクシオン〉
永劫に車輪の罰を受けるイクシオン
宴会を抜け出したイクシオン。ヘラの寝所に行くと雲て作った替え玉を抱き、思いを遂げました。
まさにその瞬間、ゼウスはその場で彼をとらえました。すぐさまヘルメスを呼んで、イクシオンをムチ打たせた後、冥界のさらに下のタルタロスへと連行させたのです。
タルタロスに着くと、彼を火が燃えさかる車輪にヘビでくくりつけました。天界でネクタルを飲んだイクシオンは、不死です。だから、この罰は永劫に続くのです。
「覚えてやがれ!ゼウスめ! いつか本物のヘラを俺のものにしてやる!」。車輪にくくられ回転されながら、今もイクシオンは野望を捨てていないのです。
イクシオンは永劫に石を運び上げる罰を受ける〈シーシポス〉を思い出させます。
しかし、シーシポスには気高い精神がありますが、イクシオンは強欲で好色なだけです。イクシオンが抱いた替え玉ネペレーは、雲でありながらもイクシオンの子である酒と女好きの半人半馬ケンタウロスの祖先を生んだのです。だから、ケンタウロスは粗暴で好色なのです