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兄ポリュネイケスを弔うアンティゴネ〈兄ポリュネイケスを弔うアンティゴネ〉

アンティゴネとクレオンの対立は、神の法(ピュシス)と人間の法(ノモス)の対立です。アンティゴネは人間の法よりも神の法に従い、兄ポリュネイケスを葬ろうとしました。その意志は、死罪になろうとも変わりませんでした。

アンティゴネの婚約者であるハイモンは、父であるクレオンに彼女の罪を許すように民衆が望んでいることを説得しようとします。

ソポクレス作『アンティゴネ』
コロス=テーバイの長老たち
オイディプスの息子=兄ポリュネイケス(アルゴス勢)/弟エテオクレス(元テーバイ王)

コロスとは?
ギリシャ悲劇における合唱隊で、物語の補足説明や感情の表現を担当します。物語の背景や登場人物の心情を伝え、合唱やダンスを通じて観客に物語の重要な要素を伝えます。

アンティゴネの逮捕

[テーバイ城内の王宮前の広場]

(番人、アンティゴネを引き立てて登場)

コロス
これは不幸なアンティゴネ様、まさか、あなたが国王の布告に背いたというのか!
番人
この娘が、ポリュネイケスの亡骸に土をかけていたんだ。ところで、クレオン様はどちらで。

(クレオン、館から登場)

クレオン
さっきの番人、これはどうしたというのだ。アンティゴネ?
番人
この娘が、葬いをおこなっていたんです。
クレオン
それは、間違いないことなのか。
番人
亡骸をおおった土を取っ払っておいたら、この娘がやってきたんです。むき出しになった死体を見ると、声をあげて泣き出しました。それから、両手で砂をかけ始めたんでさ。青銅の水差しも高く掲げて。
で、急いで取り押さえたんです。「前もそうしたのか」と問いただしても、否定しませんでした。
クレオン
これ、お前が本当にしたのか。
アンティゴネ
ええ、もちろん、しないとは申しません。
クレオン
(番人に)お前はもう下がってよい。
(アンティゴネに)お前は、葬いの式をしてはいけないという布告を、知ってのことか。
アンティゴネ
はっきりと、知っていました。
だって、布告を出したお方がゼウス様ではありません。
また、あの世をおさめる神々といっしょにおいでの、正義の女神様がそうした掟を、人間の世におたてになったわけでもありません。
それに、あなたの布告にそんな力があるとも思えません。
コロス
災難にも少しもめげない。やはり、オイディプス王の血を引いておられるからか。
クレオン
だが、よく覚えておけ。布告を破り、さらにそれを自慢するとは、さらなる不法を犯す者だ。それに、妹イスメネも、この葬いの手伝いをしているに違いない。彼女も呼んでこい。だからか、館の中で正気とも思えない様子だった。
アンティゴネ
妹は関係ありません。私だけ罰すればすむことです。
クレオン
それで十分。お前だけ罰すれば万事かたがつく。

イスメネとアンティゴネ〈イスメネとアンティゴネ

イスメネの願いを拒否するアンティゴネ

(イスメネ、館の中から従者に引っ立てられて登場)

コロス
イスメネ様がみえました。姉を気遣う涙に泣きぬれていらっしゃる。
クレオン
(イスメネに)お前も、この葬いに加担したと白状するか。それとも否定するか。
イスメネ
はい、私もその仕事をいたしました。
アンティゴネ
あなたは嫌と言ったはず。そんな嘘は正義が許さないわ。
イスメネ
お姉様の道連れになるのをいといません。また、恥とも思いません。
アンティゴネ
口先だけなんて、ちっともありがたくありません。
イスメネ
お姉さま、お願い。私を見下げないで。一緒に死なせて。
アンティゴネ
私が死ぬだけで十分。あなたは生きる道を、私は死ぬ道を選んだのです。
イスメネ
どうして、姉さんと別れて、暮らしていけましょう。
また、クレオン様、お自分の息子の許嫁を殺そうとなさるのですか。
クレオン
悪い女は、今や息子の嫁にはごめんこうむる。
アンティゴネ
ああ、愛するハイモン。
クレオン
もう、我慢がならん。この結婚を中止させるのは黄泉の国の主だ。
コロス
どうやら、アンティゴネ様の死罪はもう決まったもの。
クレオン
こいつらを中へ引っ立てていけ。

(従者、アンティゴネとイスメネを館の中に)

アンティゴネの許嫁ハイモン、民衆の同情を訴える

(クレオンの息子ハイモン登場)

コロス
ほれ、ハイモン様が許嫁のアンティゴネ様の不幸に、胸を痛めておいでのようだ。
クレオン
ハイモン、父の裁きに怒っているのではあるまいな。
ハイモン
いつも父上は、立派な意見で私を導いてくれます。
クレオン
そうだとも、その心得が肝腎だ。万事につけて父親の意見に従ってゆく、というのを胸に銘じておくのだ。悪い身内以上にひどい禍いはなかろう。それゆえ、あの娘など、あの世へ行ってどの男とでも結婚するように追い出してやれ。
※アンティゴネとイスメネはクレオンの姉イオカステの娘

ハイモン
父上、神々は人間に生まれついての、分別というものを与えてくださいます。私には、今の命令が間違っているとは言えません。でも、他の見方がもっともらしく見える場合もあります。

一般の市民にしては、王であるあなたが恐ろしいに違いありません、ことさらご機嫌を損ねるような、そんな噂を広めるわけにはいかないでしょう。

ところで、私はそんな噂を聞くこともできるのです。この町の人々が、あの娘のために悲しみを示していることを。それも、非常に立派な仕事をしたというのに。

あの娘は、自分の兄が死んだままで、葬られず、生肉を食べる犬や野鳥に荒らされるのを見過ごせなかったのです。ですから、ただ一つの見方に固執しないでいただけますか。どうか、再考していただけませんか。
コロス
どちらも、正しいことをおっしゃっています。お互い、良い意見は取り入れられますように。
クレオン
こんな若造の、息子の意見から教われるというのか。不届き者を罰しないのが良いことなのか。
ハイモン
いや、べつに。町の者はみんなそう申しているわけではありませんが。
クレオン
では、この国の民が私に統治の仕方を指図しようというのか。国というのは、その主権者に服するのだ。どうやら、あの女の味方をするつもりだな。
ハイモン
いえ、父上が正道を踏みはずすのを見かねるからです。彼女が死ねば、私も死ぬことになります。
クレオン
(従者に)あの女どもを連れてこい。ここで死なせてやるからな。花婿のそばでな。
ハイモン
いえ、けっして私のそばでは殺させません。父上、なんと頑迷な。もう、私の顔を二度と見ることはないでしょう。

(ハイモン退場)

クレオン
勝手にするがよかろう。だが、娘たちを助けることはできはせぬ。
コロス
では、二人とも死罪に。
クレオン
いや、皆の考えもわからないではない。二人とも手を下すのはやめよう。
アンティゴネにはわずかな食料をもたせ、町外れの岩窟に閉じ込めよう。あとは黄泉の王のお心次第。そうすれば、死んだとしてもこの国が穢れることはない。

(クレオン退場)

アンティゴネ③ 予言者テイレシアス、クレオン王を諫める!