1話5分で読めるギリシャ神話

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【第10歌】番外:魔女キルケとキツツキの話

ピクス王とキルケ
〈ピクス王とキルケ〉

(オデュッセイア 第10歌 番外)

『オデュッセイア』番外

キルケの館の聖堂に、頭にキツツキを乗せた若者の大理石像があります。目にも鮮やかな花輪で飾られていました。
「この像の若者は誰なのか?」
オデュッセウスの部下マカレウスが、キルケの侍女にたずねました。

ピクスとカネンス

侍女は話しはじめました。
「わたしの主人キルケ様が、どれほどの力を持っているか分かりましょう。この話の舞台はイタリア中央西部地方のラティウムです。ここはラテン人の故郷であす。(注:ラティウムには、いずれローマが建設されます)

サトゥルニウスの子ピクス王は、ラティウムのまだ16才にも満たぬ若者でした。心ばえもすぐれ、その美貌からラティウムの森の精、泉や水のニンフも彼を慕っていました。

そんな中で、彼はヤヌス神の娘であるひとりのニンフだけを愛しました。このニンフも他の求婚者をすべて退けて、ピクス王に嫁ぎました。まれに見る美女でしたが、歌の巧みさから歌姫(カネンス)と呼ばれるようになりました。彼女の歌声はまるでオルフェウスのように、森や岩を動かし、獣もおとなしくさせ、川の流れさえも止めるほどでした。

ある日、ピクス王はラティウムに近いラウレントゥムの森に狩りに出かけました。馬にまたがり、緋色のマントは黄金のブローチで留められています。たまたま、キルケ様もこの森においでになっていたのです。この森には、彼女が魔法に使う薬草をつむための「キルケの野」があります。キルケ様は一目ピクス王を見ると、熱い炎が全身をかけめぐり、つんだ薬草はすべて手から落としてしまうほどでした。

しかし、ピクス王は従者と一緒に馬に乗っていましたので、キルケ様から遠ざかっていきました。キルケ様はつぶやきました。
「わたしの薬草と魔力からは、あなたはもう逃れるすべはない!」
すぐさまイノシシの幻を作られると、ピクス王の前を横ぎらせ、馬では入れない森の奥に逃げ込ませました。
ピクス王と従者は馬を下りて、イノシシを追いかけていきます。

キルケ
ジョバンニ・ベネディクト・カスティリオーネ〈キルケ〉

情熱の女キルケ

キルケ様は呪文を唱えると、あたりには靄(もや)が立ちこめ、雲が月を隠し、真っ暗になりました。従者はピクス王を見失い、うろうろしています。キルケ様はピクス王の前に現れると告白しました。このように、キルケ様はすぐ恋に落ちてしまう情熱の女なのです。
「わたしの目をとりこにした、この上もなく美しい若者よ、その美しさは女神であるわたしをもひざまずかせたのです。太陽神ヘーリオスの娘であるわたしのこの思いに情をかけてください」

しかし、は、きっぱり断りしました。
「わたしはヤヌス神の娘『歌姫』カネンスにとりこになっている。だから、あなたのものにはなれない。夫婦の誓いを破るつもりもない」
それでも、キルケ様は何度も何度も願いました。が、ピクス王の心は動きません。
「ただではすみませんよ。それに、もはや『歌姫』のところに戻ることもかないますまい。恋する女が恥ずかしめを受けた場合、どんなことになるか思い知るでしょう。ましては、恋する女はこのキルケなのですから」

ピクス王、キツツキに変身

それから、キルケ様は西へ二度、東へ二度、向きを変えます。それから、杖でピクス王に三度触れ、呪文を唱えました。不気味さから、ピクス王は逃げ出しました。そして、すぐ自分自身の変化に驚きました。
「なぜ、いつもより早く走っているのか!」
なんと、翼が生えて飛んでいるのです。鳥になったご自身に気づかれ、ピクス王は腹を立て、今や木々を口ばしでつついているのです。マントの緋の色が翼の色に、マントを留めていた黄金のブローチは羽毛となり、その金色の輪が首を取巻いているのです。「キツツキ(ピクス)」に変身していたのです。

従者はピクス王を探しまわりましたが、見つかりません。が、キルケ様に出くわすと、その様子から事の次第に気付きました。すぐさま、王様を返すよう要求しました。

気にもとめず、キルケ様は有害な汁と毒液とをあたりにふりかけ、〈夜〉〈暗黒〉〈混沌〉を呼び出しました。すると、森は跳ね上がり、大地はうめき、木々は青ざめ、草にかかった水滴は血となりました。石はしわがれた声をだし、何匹もの黒い蛇がうごめき、霊が飛び交いました。

従者たちは、この現象にがたがた震えるだけでした。彼らをキルケ様が魔法の杖で触ると、みんな獣に変ってしまったのでした。

啄木鳥(キツツキ)
〈キツツキ〉出典

歌姫カネンスの運命

家で待っていたカネンスや召使い、あらたな王の手下たちが、ピクス王をラティウム中探しまわりました。が、見つかるはずがありません。六日六晩、カネンスは眠りもせず、食事もとらず探しまわりました。とうとう、彼女は疲れ果てて、ティベリウス河の岸辺に身を横たえてしまいました。それでも、最後の力をふりしぼり、悲しい歌をうたいます。そして、身も心も空気の中に溶け込んでいきました。そして、その場所は歌姫の名にちなんで、「カネンス」と呼ばれるようになったのです。

今やそのキルケとオデュッセウスが仲良く暮らしているのです。部下マカレウスは行末を考えると、心底ぞっとしてしまいました。

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