ゼウス、夢の神オネイロスを送る
(アキレウスの面目を立てるには、どうしたものだろう......)
ゼウスはアキレウスの母テティスの願いをかなえるために悩んでいました。思いついたのが、夢の神オネイロスを呼んで、アガメムノンのもとに送ることでした。
「よいか、アガメムノンに申し渡すのだ、今こそトロイアは陥落すると。オリュンポスの神々も異存はない。妃ヘラの切なる願いはかなうことになった」
これは偽りのことで、ゼウスはトロイアをまだ陥落させるつもりはありません。
夢の神はアガメムノンの信頼厚い老将ネストルの姿を借り、ゼウスの神慮をアガメムノンに伝えました。彼は軍の集会を伝令使に布告させると、王笏を手にし、青銅の武具に身を固めて陣地に向かいました。
ギリシャ軍の士気を試すアガメムノン
アガメムノンは先に長老たちに夢の内容を伝えていましたが、兵士たちの士気を試すために反対のことを話します。
「勇士たちよ、かつてゼウスはトロイア陥落を約束されたのに、9年間も戦ってきた我らに帰れと命じられた。我ら大軍は、数では少ないトロイア勢に勝てなかった。このことは、後の世の者たちに聞かれては恥だが、わしの言うことを聞いて故国に帰ろうと思う」
アガメムノンの意図に反し、なんとギリシャ軍は各自の軍船に戻り、帰り支度を始めました。
アテナを使わすゼウスの妃ヘラ
下界を見ていたゼウスの妃ヘラはあっけにとられ、アテナを呼び伝えました。
「アテナよ、なんと情けないことか。ギリシャ軍はあのヘレネを取り戻さず、故国へ帰る気だ。急いで地上に降り立って、一人ひとりに戦うよう引き止めておくれ」
アテナは、すぐさまオリュンポス山を駆けおりました。そこには、悲しみに胸を閉ざしたオデュッセウスがいました。
アテナはそばに立つと、
「オデュッセウスよ、そなたたちは、なんという体たらくか。あのヘレネを後世のトロイアの自慢話にしたまま故国へ帰るのか。さあ、兵士たちを引き止めよ、船に乗せてはならぬぞ」
オデュッセウスはこれぞ女神の言葉と聞き分け、アガメムノンの王笏を借り受け、ギリシャの軍船に向かいます。