〈アルロディテ、パリスを救う〉
パリス、危機一髪!
トロイア王プリアモスの馬車が到着すると、ギリシャ側からは総大将アガメムノンとオデュッセウスが立ち上がりました。
アガメムノンは
「我らの誓約を見守り給え」
と、ゼウス、陽の神、黄泉の神などの神々に呼びかけます。
両陣営が差し出した神々への捧げ物は、それぞれ牡羊と牝羊。その喉を断ち切ると、両陣営は祈願し、みなに肉と酒がふるまわれました。プリアモス王と相談役アンテノルは、城に引き返していきました。
ヘクトルとオデュッセウスは、決闘の場を測り定め、どちらが先に攻撃するか、くじを兜の中に入れます。ヘクトルが兜を揺らすと、パリスを示すくじが出ました。パリスとメネラオスは、すでに決闘の場でそれぞれ立派な武具をつけてにらみ合っています。
くじによる先制のパリスが槍を投げると、メネラオスの盾にあたりぐにゃりと曲がりました。今度は、メネラオスの攻撃です。
「ゼウスよ、パリスを打ち取らせてください。そうなれば、後世の人は客を迎えた主人に悪事を働くようなことは慎むようになりましょう」とメネラオスが祈ります。
メネラオスの槍はパリスの盾を貫き、胸当てを貫き、脇腹をかすめました。すんでのところで、パリスは死を免れたのです。
さらに、メネラオスは太刀を振りかざし、パリスの兜の星を打ち付けると、太刀は折れてしまいました。
メネラオスはパリスを仕留められず、嘆きます。
「父なるゼウスよ、あなたより酷い神は他におられまい。パリスを仕留めることはかなわなかった」と言いました。
こう言うなり、メネラオスはパリスの兜をつかんで自陣に連れてこようとしました。兜の首ひもがパリスの喉を締め付けます。
女神アフロディテ、パリスを救う
すぐにも、パリスの喉の骨が折れるでしょう。
その時です。女神アフロディテがひもを断ち切ったのです。パリスの首が、兜からするりと抜けます。
メネラオスの手には兜だけが残りました。メネラオスは兜を放り投げると、パリスに襲いかかろうとしました。しかし、女神は濃い霧と共にパリスをさらって、彼の寝所に運び去ってしまいました。
女神アフロディテ、ヘレネに激怒!
アフロディテは老女に姿を変えて、ヘレネのもとへ行きました。
ヘレネは老女が美しすぎるので、すぐに女神だと気づき、
「まあ、女神さま。どうして、私をたぶらかそうとなさいますか。メネラオスが勝って、罪深い私を連れ帰ろうとしているので、何か悪巧みをお考えでしょうね。私の代わりに、女神さまがパリスの側にいてやってください。神の身分をお捨てになって、妻にしてもらうか、小間使にしてもらったらいかがでしょう。私は、もうパリスを世話するつもりはありません」
女神アフロディテは激怒しました。
「不埒な女め、私を怒らせるならばよい。さもなければ、これまで愛しんできたと同じくらい憎んでやるぞ」
ヘレネは恐れをなして、もはや宿命となった女神に従うしかありません。
ドロルム〈ヘレネとパリス-ヘクトルの怒りの一部〉
ヘレネは女神の前で、パリスを責めました。
「決闘から帰ってきたのですか。あなたはいつも、メネラオスに劣らぬ、自分の方が優れていると自慢してきました。もう一度、メネラオスに一騎打ちを挑んでみたらどうですか。そうすれば、たちまち彼の槍で最後になるでしょう」
パリスは頑なで、ヘレネを誘います。
「妻よ、メネラオスには女神アテナが付いていたのだ。今度は私が勝つ番だ。しかし、今はそう言わず、愛の楽しみを味わおうではないか」
そう言うと、パリスが寝台に向かうと、ヘレネはしぶしぶ後についていきました。
総大将アガメムノンの勝利宣言
戦場ではメネラオスがパリスを探していましたが、見つかりませんでした。トロイア勢にとって、パリスは戦争の原因であり、黒い死神のように思われていたため、誰一人としてかばう者はおらず、隠すこともありませんでした。
メネラオスはそう考え、これ以上の捜索を中止しました。
アガメムノンは宣言しました。「トロイアの人々とその援軍よ、聞け。メネラオスの勝利は明白だ。ヘレネとその財産を返還し、相応の償いをせよ」。
しかし、オリュンポス山のゼウスは、まだまだトロイア戦争を終結させるつもりはありません。