〈テティス、新しい武具をアキレウスに届ける〉
母テティス、武具を持って帰る
アキレウスの母テティスは新しい武具を持って帰ってくると、パトロクロスの遺体にすがっているアキレウスに語りかけます。
「息子よ、パトロクロスは神の意志によって討たれたのだから、そのまま静かに休ませておこう。あなたは、このヘパイストスの武具を受け取ってください」
アキレウスは武具を見ると、その両眼は炎のように輝きました。ミュルミドネス勢は、その武具の美しさと威厳に圧倒され、後ずさりしました。
「母上、確かにこれは神の作った武具です。人間が作れるようなものではありません。出陣の支度を整えますが、パトロクロスの遺体をそのままにすることが心配です」
「心配ご無用です。私に任せてください。アガメムノンへの憎しみを断ち切り、戦いに集中してください」
女神はそう言いながら、息子に勇気を与え、遺体にアンブロシアとネクタルを鼻から注ぎ込みました。
アキレウス、怒りを収めて戦う決意をする
アキレウスは船陣で凄まじい声をあげ、ギリシャ勢を奮い立たせました。傷ついたディオメデス、オデュッセウスが現れ、その後アガメムノンも姿を現します。
アキレウスは、アガメムノンに
「私は怒りを収めることにした。いつまでも腹を立てていてはならないのだ」
アガメムノン、言い訳に迷妄の女神アテを出す
アガメムノンは、アキレウスに答えるのと同時にみなにも話しかけます。
「わしの言わんとしていることをよく聞いてくれ。アキレウスの恩賞の女ブリセイスを奪い取ったあの日、わしの胸中には迷妄の女神アテがいたのだ。ゼウスだって、この女神に惑わされたではないか。
そのため、わしは狂気じみた迷妄に陥ってしまい、過ちを犯した。今、その過ちの代償を支払うことを決意した。
アキレウスよ、どうかそなたは戦いに立ち上がり、ギリシャ勢を鼓舞してくれ。一昨日オデュッセウスを訪ねさせた時に約束した品々と女たちを今取りに行かせる」
戦いに急ぐアキレウスとオデュッセウスの提言
アキレウス「アガメムノンよ、贈り物はいつでも構わない。今は、戦いのことだけを考えてくれ。のんびり論議している場合ではない」
オデュッセウス「アキレウスよ、おぬしは剛勇の士であるが、今はみなに食事と酒を取らせてくれ。飯も食わずに、日が暮れるまで一日中戦える男はどこにもおらぬ。アガメムノンよ、贈り物は集会場に運ばせるようにすればいい。そうすれば、みなも納得するであろう。また、たとえ王たる身分であっても、今後はもっと公正な態度を取っていただきたい」
アガメムノン「オデュッセウスよ、そなたの言葉、嬉しく思うぞ。アキレウスよ、戦いに急ぐ気持ちはわかるが、しばらく待ってもらいたい。また、みなも贈り物が届き、われらが誓いを交わすまで待ってもらいたい。
オデュッセウスよ、若者を選び、わしの船から贈り物を運んでくれるよう、また女たちも連れてくるよう手配してくれ。それから、ゼウスと陽の神に猪一頭を用意してもらいたい」
アキレウス「ヘクトルに殺された者が大勢地に横たわっている。冗談ではない。私なら今すぐ食事をとらず戦いに出て、報復を済ませた後、豪勢な食事を用意するよう命ずる。それまでは、横たわっている親友を思うと、悲しみで食事も喉を通ることはない」
オデュッセウス「アキレウスよ、武力において、そなたは誰よりも優れている。だが、思慮においてはそなたよりも優れているわしの言うことを聞いてくれ。戦場では、来る日も来る日も多くの兵が死んでいく。だが、心を鬼にしてその日一日泣いて飲み食いしてこそ、次の激しい戦いに心を向けることができるのだ」
こう言うと、勇将の息子たちをアガメムノンの陣屋に向かわせました。