【第14歌】ヘラ、色仕掛けでゼウスを騙す
(更新日:2021.04.23)
【イリアス後半の有名なエピソード】
「このままでは、ギリシャ軍が負ける!」ヘラは焦り、夫ゼウスを色仕掛けで誘惑し眠らせようとします。ゼウスが寝ている間に、ポセイドンにギリシャ軍を助太刀させるためです。そこで、誰にも欲情させるアフロディテの〈ケストス〉を借り、眠りの神ヒュプノスをともない、ヘレはゼウスのところに向かいます。
アンニーバレ・カラッチ〈ゼウスとケストス(乳房の下)をつけたヘラ〉
【イリアス 第14歌】
アガメムノンの弱気、諌めるオデュッセウス
ギリシャ軍の防壁はすでに崩れ落ち、トロイア軍が迫っていました。老ネストルは、総大将アガメムノンのところに行くことにしました。
そこへ3人とも手傷を負ったアガメムノン、オデュッセウス、ディオメデスが帰ってきます。アガメムノンは、
「ネストルよ、何用か。ギリシャ勢はアキレウス同様わしに遺恨を抱いて戦おうとせぬ。ヘクトルは、わが船団に火を放つまでは船陣から引き上げぬ」
「いかにも。今でも、船陣わきで激しい戦いが続いている」
「ネストルよ、堅固に築いた防壁も濠も役立たなかった。今は、ゼウスの神慮がトロイアにあるのだ。わしはもう船を海におろし撤退した方がいいと思っている」
すかさず、オデュッセウスは反対します。
「アガメムノンよ、なにを弱気なことを言う。戦っているさなかに船を海におろせば、トロイア軍の思い通りになる」
「オデュッセウスよ、そなたの叱責は胸にこたえる。なにか策がないかと迷っているのだ」
それには、ディオメデスが答えました。
「では、傷ついた我々は戦おうとしなかった連中に、再び活を入れ戦わせようではないか」
ポセイドンは、ギリシャ軍に気合を入れています。
「瞬時も休まず、奮戦せよ! トロイア軍は船団と陣屋から逃げ帰ることになろう」
アフロディテのケストスを借りるヘラ
そんなポセイドンをオリュンポス山から見ていて、ヘラはほくそ笑んでいました。ついでイデの頂上にいるゼウスを見上げ憎らしく思いました。
「どうすれば、ゼウスを騙せるか?」
最上の策は、夫の愛欲をかきたて自分を抱かせ、そのあと眠っている間にギリシャ軍を助けるということでした。
ヘラは香油を全身にぬり、アテナが織りあげた衣装をまとい、こっそりとアフロディテを呼び出します。
「私の頼みを聞いてほしい。トロイアに肩入れしているそなたには、ギリシャに肩入れしている私の頼みは嫌であろうが」
「位高き女神ヘレよ、私にできることならお役に立ちたいと存じます」
「〈愛欲〉と〈慕情〉を貸してほしい。神々の祖オケアノスと母なるテテュスに会いに行こうと思う。二人は私の育ての親だから、二人の仲違いをとりなしてあげたい」
ヘラは、アフロディテに嘘を言いました。
アフロディテは、身に付けけていた〈ケストス〉を外すとヘラに渡しました。ケストスは〈愛欲〉と〈慕情〉の他に、思慮深い者の心をもたぶらかす〈口説き〉の力をも秘めているのです。
ヘラ、眠りの神ヒュプノスを口説く
ヘラはまずレムノス島へむかい、ヒュプノスの助力を願いました。彼はかつてヘラの頼みを聞いて、ゼウスを眠らせたことがあったのです。ゼウスが眠っている間に、ヘラは暴風を起こし憎きヘラクレスを荒海に漂わせ、仲間から引き離したのです。
ゼウスは目を覚ますと激怒し、ヒュプノスをこの世から消そうとしました。この時、ヒュプノスの母ニュクス(夜)が彼を救ったのです。
この前例があり、ヒュプノスはヘラの頼みを最初は断りました。しかし、タレイア(繁栄)、エウプロシュネー(歓喜)、アグライア(優美)の三美神の一人を妻にしてあげようというヘラの申し出には、彼も引き受けざるをえません。この時、彼はヘラに騙されないよう、神でさせ破れないステュクス河の水に誓わせました。
ラファエロ〈カリテス-三美神〉
ケストスをつけたヘラに欲情するゼウス
ヘラは、まずゼウスにここにきた嘘の理由を語ります。
「オケアノスとテテュスに会いに行く許しを、あなたから得るためにここにきました」
アフロディテのケストスの威力があり、ゼウスはヘラを口説きます。
「会いに行くのは明日でいいだろう。今はここで愛の喜びを味わおう」
さらに、ゼウスは有頂天になり、今のたかぶる気持ちをヘラに伝えます。
「ペルセウスの母ダナエ、ヘラクレスの母アルクメネ、デュオニソスの母セメレやアポロンの母レトに抱いた気持ちより、また初めての時のヘラよりも、今のヘラにどうにもならぬ気持ちにさせられたのだ、だからな...」
「ここで愛の契りをしたならば、ここは高所ですからオリュンポスの神々に見られてしまい、恥ずかしくて館に帰れません。何と言われることか...。どこか秘めた寝所はありませんか」
「見られることなぞ案ずることはない。わしが厚い黄金の雲を周りにめぐらす」
こうして、ゼウスはヘラと交わり満足して、ヘラの思惑どおり眠りに落ちました。
ゼウスを眠らせた眠りの神ヒュプノスは、地上に降りていくとポセイドンに告げました。
「ヘレが愛の交わりをした後、ゼウスには深い眠りをふりかけておいた。ポセイドンよ、今こそギリシャ軍を奮起させ、彼らに勝利の栄誉をあたえられるがよい」
ポセイドンは戦いの第一線に躍りでると
「アキレウスがいなくても、最大の楯と輝く兜をかぶり、手に槍を持ち突撃するぞ。わしが先頭に立つ」
すかさずアガメムノン、オデュッセウス、デュオメデスは傷をものともせず戦列を整えます。
大アイアスvsヘクトル、再び戦う
一方、トロイアの戦列を整えるのはヘクトル。
彼はアイアスに向かい真っ先に槍を投げます。直後ヘクトルは味方の中に下がろうとしました。が、楯で槍を防いだアイアスは大石を持ち上げ、すかさずヘクトルに投げつけました。ヘクトルは首と胸の間に大石を受けると、地に倒れ気を失ってしまいました。ギリシャ勢は、ヘクトルを捕らえるべく多くの槍を投げつけました。が、アイネイアス、アゲノル、サルペドン、グラウコスらが楯をヘクトルの前に並べました。ヘクトルは助けられ、戦車まで運ばれました。
彼らは清きクサントス河までくると、へクトルを車から降ろし、水をかけました。ヘクトルは目をひらき膝をついて座りましたが、黒い血を吐き、また気を失いました。
こうして、ギリシャ軍はヘクトルなきトロイア軍に襲いかかったのです。戦いは白熱し、両軍の名だたる武将が多数死んでいきました。