ルドン〈一眼巨人キュプロクス〉
スキュラはとても愛らしいニンフで人気者
「何とかならないかしら。私はちっともその気がないのに、言い寄ってくる男がいっぱいで困ってる!」
スキュラはたくさんの人々から求婚されていましたが、それがうっとうしいのです。いつもネレイデス(海のニンフ)の一人ガラテイアの洞窟にきては、グチをこぼしていました。
ある日、ガラテイアはスキュラに髪をとかしてもらいながら言いました。
「みんないい家柄の人達ばかりじゃないの。だから、ちゃんとお断りすれば何もおこらないでしょ。それにひきかえ、私ときたら、獰猛な一眼巨人キュプロクスから海の底に逃げるしかなかったのよ」
話し始めたガラテイアは、涙を流しはじめました。スキュラは、その涙を白い指でふきながらたずねす。
「海のニンフ様、どうなさったの。その理由を教えてください」
ガラテイアの悲しい告白
わたしが愛した人はアーキス。彼は両親にとても愛されていて、まだ16歳になったばかり。私が彼と一緒になろうと思っていると、あの獰猛な一眼巨人キュプロクスがちょっかいを出してきたの。アーキスを慕うわたしの心は、キュプロクスを憎む気持ちと同じくらい大きかった。
でも、さすがアフロディテ様。恋とは不思議な力を持っています。
あの獰猛で森の恐怖と呼ばれていた、またゼウスをも侮るキュプロクスですら、恋をすると日々の仕事さえ忘れてしまう。熊手で髪をとかしたり、鎌でひげを刈り取ったり、自分の顔を水面に映しては、身なりを整えはじめた。
また、その獰猛さもおさえられ、わけもなく海辺を散歩したり、自分の洞窟にひそんでいたり。その間、彼の洞窟の近くを通る舟も、襲われることがなくなったほどなの。
モロー〈ガラテイア〉
「見つけた! これがお前たちの最後の逢い引きだ」
ある日、一眼巨人は海に突き出した絶壁の先端に腰をおろすと、葦笛をとりだし、愛の調べを奏ではじめたの。その調べは、森の奥深くまで届きました。それは、わたしへの愛の大きさとわたしの冷たさを責めるもの。
その時、わたしはアーキスと森の中で寄り添っていたの。そして、一眼巨人は遠くにいるものとばかり思っていた。ところが、葦笛の調べが途切れてからそんなに経っていなかったのに、一眼巨人はすぐ近くまできていて、私たちは発見されてしまった。
「見つけた! これがお前たちの最後の逢い引きだ」
私たちが逃げ出すと、一眼巨人は岩さえも震えるような大声で叫びながら迫ってきた。私はすぐ海の中へ逃げました。しかし、アーキスは海に逃げることはできず、丘を走っていきました。
「ガラテイア、助けてくれ〜! 助けて〜! お母さ〜ん」
キュプロクスは山の端から大きな岩を砕いて持ち上げると、彼に投げつけた。岩のほんの一部が当たっただけなのに、アーキスは岩につぶされ死んでしまった。
わたしにはアーキスのためにたった一つのことしかできなかった。岩の間からは彼の血が流れていたので、澄んだ河に変えてあげたの。今もその河は、アーキスと呼ばれています。
その後キュプロクスとはどうなったかは、ガラテイアは話すことはありませんでした。