ブーシェ〈アルテミスに変身してカリストに近づくゼウス〉
カリスト、その名の意味は「最も美しい」
クマに変身させられたカリストは、森で息子アルカスに出くわしました。息子は敢然とヤリをかまえました。この瞬間、カリストは我が子に殺されることを観念し、思いました。
何という運命なのだろうか! カリストは、一瞬で今までのことを想い浮かべていました。
カリストは、その名のごとく「最も美しい」ニンフ。しかも、男には全く興味がなく、あの処女神アルテミスを崇拝していました。他のニンフと同じく、女神の狩りのお供に出かけることが一番の幸せでした。
ゼウスに見初められたカリストの悲劇
美しさは禍のもと。ゼウスが目をつけたのです。
しかし、ゼウスたりとも、通常のアプローチでは男嫌いのカリストを口説くことはできません。一計を案じ、カリストが崇拝している女神アルテミスに変身しました。
そして、彼女と戯れている間に身ごもらせたのです。
最初のうちはお腹も目立たず、いつものようにアルテミスのお供をしていました。しばらくたって沐浴する時、他のニンフにお腹の膨らみを見られ、妊娠を知られてしまいました。
アルテミスは激怒し、カリストを追放しました。
ティツィアーノ〈アルテミスとカリスト〉
ゼウスの妻ヘラの嫉妬
しばらくして、カリストは男の子アルカスを産みました。ゼウスの妻ヘラは、嫉妬に狂いました。「あの娘を妻にして、私を追い出すつもりなのだ」
その怒りは頂点に達し、カリストを呪いました。「夫をとりこにした、おまえのその美しさを取り上げてやる!」
すると、カリストは両手・両足を同時に地に着けました。両腕をさしのべて哀願しようとしましたが、その腕はもう黒い毛で覆われています。手はずんぐりと丸くなり、ツメは恐ろしいカギヅメになりました。
ゼウスがほめていた美しい口からは牙がはえ、声も「ウォーウォー」と叫ぶだけです。「最も美しい」名のカリストは、最も恐ろしい「クマ」になってしまったのです。
しかし、その心だけが元のままのやさしい女性でした。クマですので戦えば勝てるのですが、いつも他の動物たちからは逃げていました。
クマに変身した母カリスト、息子アルカスに遭遇
そんなふうに森で生活していた時、若者になった息子アルカスに出くわしたのです。カリストは若者が自分の息子だとすぐに分かりました。アルカスはヤリを構え、クマになった母に投げつけようとしています。彼女は観念しました。
その時、ゼウスが二人を哀れみ、天に連れて行きました。こうして「大熊座」と「子熊座」ができたのです。
ヘラは、カリスト母子が天の名誉の座におかれたことに怒りました。そして、育ての親である大洋の神テテュスとオケアノスに哀願しました。「私を不憫と思うのならば、あの二人が海に降りてくるのを禁じてください」
こうして、「大熊座」と「子熊座」は海の地平線から下に沈むことはなく、夜になっても休むことができないのです。
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