アポロンに愛された詩人イビュコス
アポロンは、イビュコスに音楽と詩人の才能を与えました。
コリントスで開かれる競技会と音楽の祭典に出席することにしたイビュコス。彼はコリントスの塔が見えるポセイドンの森までやってきました。
あたりには森の上を飛んでいく鶴だけで、人影は見あたりません。
「鶴たちよ、元気でおゆき。お前たちとは海を渡る時から一緒だった。それを幸運の兆と思うよ」
強盗に襲われるイビュコス
イビュコスが森の中ほどまでやってくると、2人の強盗が現れました。イビュコスは詩人で音楽家です。彼らと戦う術はありません。
神々と人々に助けを叫びましたが、誰も答えてくれません。彼は深傷をおって、倒れました。
「私はここで死ぬのか。見知らぬ土地で、この身を悲しんでくれる者もなく......」
そのとき、鶴が頭の上をかすれた声で鳴き、飛んで行きました。
「鶴よ、私の訴えを人々に伝えておくれ。お前の他には誰もいないのだから」そう言うと、イビュコスは息を引き取りました。
後に、彼の切り刻まれた遺体が発見されました。イビュコスを歓待する予定だった友人が遺体を確認しました。
「こんな姿で、君と再会しなければならないのか! 音楽会での勝利の花輪が、君にはふさわしいのに」
祭典に集まった人々は、世に愛されたイビュコスが殺されたことに驚きました。そして、法廷の周りに集まった人々は、殺人者に血の復讐をするように求めました。
しかし、祭典に集まった群集は円形劇場にあふれんばかりに多く、犯人がどこにいるのか到底わかるはずもありません。
〈エリニュスに追われるオレステス〉
円形劇場の上を飛ぶイビュコスの鶴
舞台には、合唱隊といわれるコロス=復讐の女神エリニュスたちが、凄まじい形相でオレステスを追いかけていきます。
「罪から身を守れる清らかな者は、幸いだ。われら復讐の女神が、手を出すこともない。
しかし、ひそかに人を殺めた罪の犯人は、禍なるかな、禍なるかな。飛んで逃げても、無駄なこと。われらはもっと速く飛んで追いかけ、その足に毒蛇をからませ、地に引き倒す。犯人は命の尽きるまで、われらは平和や安らぎも与えることはない」
復讐の女神エリニュスは、舞台の上を回り、歌い踊ります。そのあいだ、死の静けさが観衆をおおい沈黙させます。静まりかえった劇場の上の方から、とつぜん叫び声が聞こえました。恐ろしい復讐の女神に畏縮したかのような声です。
「おい、見ろ、相棒。あすこにイビュコスの鶴がいるぞ!」円形劇場の上を黒い影、鶴が飛んできたのです。
墓穴を掘ったイビュコスの殺人者たち
「『イビュコスの鶴』だって!」
「イビュコスのだそうだ!」
「殺されたイビュコスのだそうだ」
「だが、イビュコスと鶴とはどんな関係なんだ?」
人々の口から口へと言葉がうねりのように伝わっていきます。
うねりの中で、人々の胸にある考えがひらめきました。
「これこそ、復讐の女神エリニュスの力だ! 犯人は自分で自分の罪を暴いたのだ。イビュコスの仇が討たれるのだ。あの叫び声をあげた奴と、そいつが話しかけた奴を捕まえろ!」
犯人たちは「殺したのは俺たちじゃない!」とは言えませんでした。なぜなら、恐ろしさで顔が青ざめていたからです。
→慈しみの女神たち[1]デルポイからアテナイへ逃げるオレステス[ギリシャ悲劇]