プーレンブルフ〈神々の饗宴〉
ゼウスの提案
神々はトロイアを見下ろしながら、宴を開いていました。ネクタルを注ぐのはへべ、ゼウスとヘラの娘です。
そんな中、ゼウスが話を始めました。「ギリシャのメネラオスには、二人の神がついている。アテナとヘラ、お前たちだ。一方、パリスにはアフロディテが守っていて、今まさに死を覚悟したパリスを救ってやったところだ。勝利は明らかにメネラオスだ。さて、我らはこのまま戦争を終わらせ両軍に和平をもたらすか、再び戦わせるか、思案せねばならない」
(ヘラ、お前はどうしたいのだ、トロイアを滅ぼしたいのだろう!)ゼウスは、心の中でこう思っているのです。
ゼウスの妃ヘラの言い分
トロイアに一泡吹かせたいヘラとアテナは、口ごもりながら沈黙していました。しかし、ついにヘラが胸中の怒りを抑えきれずに言い出しました。
「あなた、何をおっしゃいます。私のこれまでの苦労を無駄にしてしまうのですか。さんざん、トロイアを痛い目にあわそうと馬も軍勢も集めさせたのに」
「ヘラよ、そなたはトロイアを滅ぼしたいと望んでおる。しかし、彼らは滅びに値するどんな悪事を犯したと言うのか? わしは、プリアモス王とトロイアの民を大切にしているのだ。まぁ、好きなようにするがよい。わしは、そなたとは争いたくはない。
しかし、言っておきたいことがある。しっかり心に留めておけ。いつか、わしがそなたの可愛がっている人間どもの国を滅ぼしたいと望んだら、思う通りにさせてくれるのだぞ。今回はそなたの言うことを聞いてやったのだからな」
「私が愛するアルゴス、スパルタ、ミュケネが憎いとお思いでしたら、どうぞ滅ぼしてくださいませ。私よりもずっとお強いあなたですもの。しかし、今回は私の苦労を無駄になさっては困ります。さっそく、アテナを使わせ、トロイア方から誓約を破り、ギリシャ軍に攻撃を仕掛けなさいませ」
「アテナよ。トロイア方がまず誓約を破り、ギリシャ勢に打撃を与えるよう手配せよ」
デュ・ボワ〈ゼウスとヘラの娘へべ〉
パンダロス、メネラオスを射る
ゼウスの命に気負い立ったアテナは、すぐさまオリュンポス山から地上に向かいました。ゼウスは再び戦いを始める合図に、空に雷鳴をどどろかせました。
アテナはアンテノルの一子ラオドコスに姿を変え、愚かな弓の名手パンダロスに近づいて声をかけました。
「もし、お主が勇気をふるってメネラオスに矢を射かければ、トロイア勢みんなからほめられるぞ。特にあのメネラオスに不覚をとったパリス様からはな」
アテナにそそのかされた愚かなパンダロスは、自ら狩った野山羊の角から作った弓を取り出しました。部下たちはパンダロスの前に盾を並べ、主人をギリシャ軍から隠しました。パンダロスは新しい矢を取り出すと、『成功の暁には、いけにえを捧げます』とアポロン神に祈り、矢を放ちました。
しかし、アテナはメネラオスの前に立ちはだかり、矢を少し逸らしました。しかし、矢はわき腹を突き刺し、どす黒い血が地面にしたたり落ちます。
ブロージ〈メネラオス像〉
「至急、医師マカオンを呼んでくれ」
メネラオスは最初身震いしましたが、傷が深くないことがわかると、勇気を取り戻しました。
そばにいたアガメムノンも身震いしましたが、こう言いました。
「メネラオスよ、国と国との戦いなのに、そなた一人を代表として決闘に行かせてしまった。すまぬ、トロイア方は誓約を破り、ギリシャの代表のそなたを狙った。だが、神にいけにえを捧げた誓約は決して無になったわけではない。ゼウスはこの裏切りを憤って、必ずトロイアを陥落させるであろう」
「兄者、矢は急所を逸れた、心配なさるな」
と、メネラオス。アガメムノンは側近に命じました。
「メネラオスよ、そなたの言う通りであれば良いが、まずは傷の手当だ。タルチュビオスよ、至急マカオンを呼んでくれ、名医アスクレピオスの倅じゃ」
伝令使は、すぐさまマカオンの元に行きました。
「アスクレピオスの御子よ、アカメムノン王がお呼びです。勇士メネラオスが、弓矢を脇腹に射られました」
こうしている間にも、トロイア軍は盾をかまえ、戦列を整え、攻め寄せてきました。