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ピクス王とキルケ〈ピクス王とキルケ〉

あらすじ

キルケの館の聖堂にある奇妙な像について尋ねたマカレウスに、侍女は悲しい物語を語ります。

ラティウムの若き王ピクスは、美貌と徳を兼ね備えた人物で、多くのニンフに慕われていました。しかし彼が愛したのは、歌声で森や川さえ動かす美しい妻カネンスだけでした。

ある日、森でピクスを見た魔女キルケは一目で恋に落ちますが、王は妻への誓いを守りその求愛を拒みます。

怒ったキルケは魔法を使い、ピクスをキツツキの姿に変えてしまいました。さらに王を探しに来た従者たちも獣に変えられてしまいます。

夫を探し続けたカネンスは、ついに力尽きて歌いながら姿を消しました。この物語は、キルケの恐ろしい魔力を物語る伝説として語り継がれているのです。

キルケの館に立つ不思議な像

キルケの館の聖堂には、頭にキツツキを乗せた若者の大理石像がありました。
その像は、目にも鮮やかな花輪で飾られています。

「この像の若者は誰なのか?」

オデュッセウスの部下マカレウスがキルケの侍女にたずねると、侍女は静かに語り始めました。

キルケの館の聖堂に、頭にキツツキを乗せた若者の大理石像がありました。それは、目にも鮮やかな花輪で飾られていました。
「この像の若者は誰なのか?」
オデュッセウスの部下マカレウスが、キルケの侍女にたずねると……

ピクス王と歌姫カネンス

「わたしの主人キルケ様が、どれほどの力を持っているかが分かるでしょう。この話の舞台は、イタリア中央西部のラティウムです。ここはラテン人の故郷とされる土地です。

サトゥルヌスの子ピクス王は、ラティウムを治めるまだ十六歳にも満たない若者でした。心ばえも優れ、その美貌ゆえに森の精や泉、水辺のニンフたちまでも彼に心を寄せていました。

しかしピクス王は、ヤヌス神の娘である一人のニンフだけを愛していました。このニンフもまた、他の求婚者をすべて退けてピクス王に嫁ぎました。

彼女はまれに見る美女で、歌の巧みさから歌姫――カネンスと呼ばれていました。

その歌声はオルフェウスにも劣らぬほどで、森や岩を動かし、獣を静め、川の流れさえ止めるほどの力を持っていたのです」

※ラティウムには、いずれローマが建設されます。

キルケ、若き王に心を奪われる

ある日、ピクス王はラティウム近くのラウレントゥムの森へ狩りに出かけました。
馬にまたがり、緋色のマントを黄金のブローチで留めた、まことに堂々たる姿でした。

ちょうどその時、キルケ様もこの森に来ておられました。
この森には、魔法に使う薬草を摘むための「キルケの野」があったのです。

キルケ様はピクス王を一目見るなり、胸に熱い炎が駆けめぐり、手にしていた薬草をすべて落としてしまいました。

しかしピクス王は従者とともに馬を走らせ、そのまま遠ざかっていきます。

キルケ様はつぶやきました。

「わたしの薬草と魔力からは、あなたはもう逃れられない!」

すぐさま魔法でイノシシの幻を作り出し、ピクス王の前を横切らせました。
イノシシは馬では入れない森の奥へ逃げ込みます。

ピクス王と従者は馬を降り、その後を追いかけて森の奥へ入っていきました。

キルケカスティリオーネ〈キルケ〉

情熱の女神キルケの告白

キルケ様が呪文を唱えると、あたりには濃い靄が立ちこめ、雲が月を隠し、森は闇に包まれました。
従者たちはピクス王を見失い、あたりをさまよいます。

そのときキルケ様は、ピクス王の前に姿を現しました。

「わたしの目をとりこにした、この上なく美しい若者よ。
その美しさは女神であるわたしさえひざまずかせたのです。

太陽神ヘリオスの娘であるこのわたしの思いに、どうか情けをかけてください」

しかしピクス王は、きっぱりと答えました。

「私には妻がいる。ヤヌス神の娘でカネンスと呼ばれる女性だ。
だからあなたの恋人にはなれない。夫婦の誓いを破るつもりもない」

キルケ様は何度も願いましたが、ピクス王の心は動きません。

するとキルケ様は怒りをあらわにしました。

「ただではすみませんよ。それに、もうカネンスのもとへ戻ることもかなうまい。
恋する女神が恥を受けたとき、どんなことが起こるか思い知るがよい。

まして恋する女が、このキルケなのですから」

ピクス王、キツツキに変えられる

キルケ様は西へ二度、東へ二度と向きを変え、杖でピクス王に三度触れて呪文を唱えました。

不気味な気配に、ピクス王は逃げ出しました。
しかしすぐ、自分の体に起こった異変に気づきます。

「なぜ、いつもより速く走れるのだ!」

ふと見ると、翼が生え、空を飛んでいるのです。
鳥になった自分に気づいたピクス王は怒り、木々をくちばしで突きはじめました。

緋色のマントは翼の色となり、黄金のブローチは羽毛となって首を飾る輪になっていました。

こうしてピクス王は、キツツキ(ピクス)に変えられてしまったのです。

魔女の怒り、従者たちにも及ぶ

従者たちはピクス王を探しましたが見つかりません。
やがてキルケ様に出会い、事情を察して王を返すよう求めました。

しかしキルケ様は意に介さず、有害な汁と毒液をあたりにまき散らし、〈夜〉〈暗黒〉〈混沌〉を呼び出しました。

すると森は揺れ、大地はうめき、木々は青ざめ、草に宿った水滴は血のように赤く染まりました。
石はしわがれた声を上げ、黒い蛇がうごめき、霊が空を飛び交いました。

従者たちは恐怖に震えるばかりです。

そこへキルケ様が魔法の杖で触れると、彼らもまたすべて獣に変えられてしまったのでした。

歌姫カネンスの悲しい結末

家で待っていたカネンスと召使いたち、そして王の家臣たちは、ピクス王を求めてラティウム中を探し回りました。

しかし見つかるはずもありません。

六日六晩、カネンスは眠ることも食事をとることもなく、夫を探し続けました。
やがて疲れ果て、ティベリウス河の岸辺に身を横たえます。

それでも最後の力を振りしぼり、悲しい歌を歌いました。

そしてそのまま、彼女の体は次第に空気の中へ溶け込むように消えていったのです。

その場所は、歌姫の名にちなんで「カネンス」と呼ばれるようになりました。


今や、そのキルケとオデュッセウスが仲良く暮らしているのです。
部下のマカレウスは、その行く末を思うと、心の底からぞっとしてしまいました。