シャガール〈アルキノオスの館〉
果樹園でナウシカアと別れたオデュッセウスの前に、女神アテナが娘の姿で現れ、神秘の霧で彼を隠しながら王宮へと案内します。
アテナの助言に従い、オデュッセウスは王妃アレテの前にひざまずいて助けを請います。その態度に感銘を受けた最長老エケネオスとアルキノオス王は、彼を丁重にもてなすことにします。
やがてオデュッセウスの物語を聞いた王妃は、彼の着ている衣が娘ナウシカアのものであることに気づき、経緯を尋ねます。
アテナ、オデュッセウスを案内する
果樹園でナウシカアと別れたオデュッセウスの前に、アテナは水瓶を持った若い娘の姿に変身して現れました。
オデュッセウスは、その娘に尋ねます。
「娘さん、この国を治めておられるアルキノオス王の屋敷まで、案内してくださらぬか」
娘に姿を変えたアテナは答えました。
「それでは、おじさん、アルキノオス王のお屋敷まで案内してさしあげましょう。でも、私の後を黙ってついてきてください。町の人たちは、他国の人をあまりよく思わないのです」
そう言うと、アテナは神秘の霧でオデュッセウスの姿を包み、町の人々から見えないように隠してやりました。
アルキノオス王の屋敷の前に着くと、アテナは言いました。
「真っ先に、家の中にいる国のお偉方や家人を通り過ぎて、お妃アレテ様の前におゆきなさい。
先代のナウシトオス王は、ポセイドンとペリボイアのお子様です。ナウシトオス王の二人の息子が、レクセノルと、今の王であるアルキノオス様です。兄のレクセノルは、一人娘アレテ様を残して早世してしまわれました。
そのアレテ様を、叔父であるアルキノオス様が娶ったのです。アレテ様は、王だけでなく、国中の人々から大変に尊敬されているお方。ですから、まずはお妃様の心をしっかりとおつかみなさいませ」
こう説明すると、アテナは姿を消しました。
アルキノオス王の屋敷にて
屋敷の広間に入ると、神秘の霧に包まれたままのオデュッセウスは、周囲の人々を通り過ぎて、アルキノオス王と妃アレテの近くまで進みました。かがんで、アレテの膝に手をかけると、神秘の霧がすっと晴れ、オデュッセウスの姿が現れました。驚いた妃が何かを言う前に、オデュッセウスはすばやく願い出ました。
「神のごときレクセノルのご息女アレテ様。私は、あなたに助けを求めて参りました。昨夜、漂流の末、この国にたどり着いた者です。こんな私ではありますが、できるだけ早く祖国に帰れるよう、お力添えを願えませんでしょうか。
また、ここにおられる皆さまが、末長く神々のご加護を受けられますように――」
そう言って、オデュッセウスは炉のそばの灰の上に腰を下ろしました。
それを見ていた最長老のエケネオスが、王に進言します。
「王よ、客人を炉の灰に座らせておくのは、礼に反することでございます。夕食を用意させ、しかるべくもてなして差し上げましょう」
すると、アルキノオス王はオデュッセウスの手を取り、立ち上がらせます。そして、自分の隣に座っていた息子を立たせ、その席にオデュッセウスを座らせました。
「みな、聞いてほしい。食事を終えたら、今宵は家に戻って休んでいただきたい。明日、今よりも多くの町の人々を呼び、客人を盛大にもてなそう。そのうえで、いかに遠方であろうと、この方を祖国へ帰す手立てを考えることとしようではないか」
アルキノオス王の言葉に、広間にいた有力者たちはそれぞれ家へと戻っていきました。
アルキノオス王、オデュッセウスの帰国を決める
広間には、オデュッセウス、アルキノオス王、そして妃アレテが残っていました。アレテは、オデュッセウスの着ている衣が、娘ナウシカアが今朝、河に持っていったものであることに気づき、声をかけました。
「客人よ、そなたはいかなるお方で、どこから来られたのですか。また、漂流してこの国にたどり着いたと申されましたが、その衣はどこで得られたのです?」
オデュッセウスは、仙女カリュプソの島で七年間過ごしたこと、八年目にようやく出発を許されたことを語りました。そして、ポセイドンの怒りによる嵐に見舞われ、この国に流れ着いたことも話しました。
最後に、今着ている衣は、河辺で出会ったナウシカアお嬢様に、食物と葡萄酒とともに恵んでいただいたことも伝えました。
その語り口と礼儀正しい態度に感じ入ったアルキノオス王は、こう提言しました。
「客人よ、そなたのような立派な男には、もし望まれるなら、この国に留まっていただきたい。そして、娘ナウシカアを妻として迎えていただければ、どれほど嬉しいことであろうか。屋敷も財産も授けよう。
しかし、そなたがそれを望まぬのであれば、無理に引き留めはすまい。その場合は、そなたを祖国へと送り届けよう。出発の日は、明日と定めようではないか」