ギリシャ神話には、深い悲しみの末に木へと姿を変えた者たちの伝説がいくつも語られています。
愛に追われ、運命に翻弄され、あるいは耐えがたい喪失の果てに、人から木へと変わる——それは神々の世界の哀切な物語です。
月桂樹になったダプネー、ポプラの木に変わったヘリアデス、糸杉となったキュパリュッソス。それぞれの伝説には、恋心と拒絶、家族の愛、取り返しのつかない後悔が込められています。
今回は、そんな「木になった悲しみの伝説」3つをご紹介します。彼らがなぜ木に変わる運命をたどったのか、その理由とともに見ていきましょう。
月桂樹になったダプネー
ベルニーニの傑作「アポロンとダプネー」。大理石でここまで繊細な人間の肌を表現できるとは!
その肉体の柔らかな質感。この彫刻は、宙に浮くような表現があまりに精巧なため、崩れないよう補強されているそうです。
若きアポロンは、大蛇ピュトーンを弓矢で退治し、それを誇っていました。そんな彼は、小さなエロスが弓矢を持っているのを見て言います。
「おい、いたずら坊主。弓矢なんか持つんじゃない! これは怪物を倒した私のような者が使う武器だ」
「アポロンさん、ボクの矢はあなたの胸にも刺さりますよ」
そう言うと、エロスはアポロンには恋心を燃やす〈黄金の矢〉を、ダプネーには恋を拒む〈鉛の矢〉を放ちました。
アポロンはダプネーに夢中になりますが、ダプネーは必死に逃げます。果たして、2人の運命は——?
ポプラの木になったパエトンの姉妹ヘリアデス
パエトンの神話『パエトンの墜落』は、このサイトでも人気があります。
しかし、意外に知られていないのが、パエトンの姉たちがポプラの木になり、その涙が琥珀(こはく)になったことです。
パエトンの神話では最後に少し触れられる程度なので、姉妹の話があまり知られていないのも無理はありません。また、彼の母「クリュメネ」の名を知る人も少ないでしょう。
さらに、ツルになったパエトンの友人。このツルはゼウスを恨み、パエトンを打ち落とした雷火を思わせる「火」に決して近づかないといいます。
では、パエトンの姉妹ヘリアデスは、なぜポプラの木になったのでしょうか?
>>パエトンの墜落
糸杉になったキュパリュッソス
アポロンが愛した少年の一人、それがキュパリュッソスです。
ケオス島カルタイアの野には、ニンフに捧げられた金色のツノを持つ大鹿がいました。その鹿は、首に宝石をちりばめた首輪をつけ、額にはお守り、耳には真珠の飾りがついていました。
この大鹿を大切にしていたのが、少年キュパリュッソス。
しかし、ある日、彼は誤ってこの大鹿を槍で殺してしまいます。その悲しみは深く、「この悲しみを忘れず、永遠に嘆き続けたい」とアポロンに願いました。
やがて、彼の血は枯れ、体はひからび、緑色の糸杉へと変わりました。ヨーロッパではこの糸杉がよく見られます。ゴッホの『糸杉』も有名ですね。
【糸杉】(学名:Cupressus、英:Cypress)は、西洋ではきれいな円錐形になるため、クリスマスツリーに使われます。しかし、死の象徴でもあるため、墓地によく植えられています。イエス・キリストが磔にされた十字架は、この木で作られたという伝説もあります。
【花言葉】死・哀悼・絶望。死や喪の象徴とされています。文化や宗教との関係が深く、古代エジプトや古代ローマでは神聖な木として崇拝されていたほか、キプロス島(Kypros, 英: Cyprus)の語源になったとされています。(ウィキペディアより)
ギリシャ神話で木になった悲しみの物語BEST3[まとめ]
ギリシャ神話には、人間の深い悲しみや嘆きを表す物語が数多く存在します。今回紹介したダプネー、ヘリアデス、キュパリュッソスの伝説も、その象徴的な例といえるでしょう。
彼らは愛のすれ違いや家族の喪失、大切なものを失った悲しみの中で、最終的に木へと姿を変えました。そして、その姿は今も世界中に広がり、私たちの目に触れています。
彼らが経験した悲劇は、単なる神話の一部ではなく、人間の感情の普遍性を映し出すものなのかもしれません。
これから木々を眺めるとき、そこに宿るかもしれない神話の記憶を思い出してみてはいかがでしょうか?