〈太陽の二輪車をアポロンに懇願するパエトン〉
パエトン、太陽神の子なんておかしいよ!
パエトンは、太陽神アポロンとニンフ(精霊)クリュメネーの子。
ある日、一人の友だちが、「太陽神の子なんておかしいよ」と、笑いました。腹立たしさと恥ずかさでパエトンは、母にたずねました。
「ぼくは、本当にあの太陽神の子なの?証拠はあるの?」
「本当です。お父さまの太陽の宮殿に行ってたずねてごらんなさい」
パエトンはワクワクしながら、日の出の地方に旅立ちました。そして、とうとう太陽の宮殿にたどり着いたのです。
太陽の宮殿は、黄金と宝石で輝いています。アポロンが座っている玉座の脇には、日の神や月の神、年月の神々などが従っています。
「本当に僕のお父さん?」
パエトンは、恐る恐るたずねました。
「パエトンよ、おまえは本当に私の子だよ。その証拠に、望みは何でもかなえてやろう」
アポロンはパエトンを抱きしめ、冥界の河ステュクスにかけて誓いました。
「お父さんの二輪車に乗って、僕は天空を駆けてみたい」
パエトンはお願いしました。
「私の二輪車だと? それだけは駄目だ!あの大神ゼウス様でさえ、乗りこなすことはできないのだ」
アポロンは言い聞かせました。
しかし、パエトンは聞き入れず、何度も何度も頼みます。アポロンは冥界の河ステュクスに誓いを立てた以上、とうとう許してしまいました。冥界の河ステュクスにかけた誓いは、神々でさえ守らなければいけないのです。
パエトンは誇らしげに二輪車に乗る
パエトンは、太陽の二輪車に飛び乗ると、誇らしげに馬の手綱をとり、天空に駆けあがって行きました。
「なんという素晴らしさ! 今、この闇を切り開いているのは、アポロンの子の僕なんだ! この僕を見れば、もう誰も僕がアポロンの子ではないと言う友はいないはずだ」
しかし、馬はいつもより二輪車が軽いので、暴走しはじめます。いつもの道をどんどん外れていきます。
熱に焦がされた大熊(座)と小熊(座)が海に飛び込みます。北極のヘビ(座)も冬眠から目覚め凶暴化します。牛飼い(座)も逃げ出します。
回りにいる怪物たち、近くには大きく腕を広げたサソリ(座)に出くわすと、パエトンは勇気もくじけ、手綱を放してしまいました。そして後悔でいっぱいになりました。
『もう、僕は何もできない......』
太陽の二輪車は、天空の高みから、地表まで道なき道を走りつづけます。アポロンの妹、月の女神も兄の二輪車が自分よりも下を走っているに驚いたくらいです。
海神ポセイドンも熱さにたえられず、水面から顔を出すこともできません。
大きな街の城壁や塔も焼け落ち、たくさんの国と住民も焼き尽くされて灰となっていきます。今や山々は炎に包まれ、地表の川や海も熱で干上がりはじめました。
〈パエトンの秋、天井画〉
パエトンに稲妻を投げる大神ゼウス
「おお、ゼウス様!どうのような過ちを私たちが犯したというのですか? 毎年もたらす実りにたいする報いなのですか? このままでは、海も陸も天も焼けてしまいます。どうか、この業火からお救いください」
大地の豊穣女神は、天を見上げて訴えました。
大神ゼウスはアポロンを含めた全ての神々を集めました。ことの是非を決めると、パエトンめがけて稲妻を投げつけました。パエトンは黒焦げになり、真っ逆さまに落ちてゆきました。
落ちてくるパエトンの体を河の神エーリダノスが受け止め、冷やしてやりました。
パエトンの姉妹へリアデスたちは兄の運命を悲しみ、ポプラの木となってしまいました。流す涙は河面に落ちて琥珀(こはく)の玉になりました。
ルーベンス〈パエトンの墜落〉
ハインツとモロー〈パエトンの墜落〉