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アルケスティスのために死神と戦うヘラクレス〈アルケスティスのために死神と戦うヘラクレス〉

アドメトス王は、妻アルケスティスが身代わりとなって亡くなった悲しみを抱えながらも、客である友人ヘラクレスをもてなすため、真実を隠して振る舞います。

やがて、ヘラクレスはその事実を知り、友への恩義を感じ、アルケスティスを冥界から取り戻すことを決意します。

ヘラクレスは死神と戦い、アルケスティスを連れ戻してアドメトスに無事引き渡すことができるでしょうか?

エウリピデス作アルケスティス』③
コロス(合唱隊)=町の長老たち

コロスとは?
ギリシャ悲劇における合唱隊で、物語の補足説明や感情の表現を担当します。物語の背景や登場人物の心情を伝え、合唱やダンスを通じて観客に物語の重要な要素を伝えます。

ヘラクレスの醜態

[テッサリアのペライ市、領主アドメトスの館の門前、右高台にアポロン神]

召使
まったく、なんという礼儀知らずな客(ヘラクレスのこと)だ。
殿様が嘆き悲しんでいるのを知っていながら、館に入りもてなしを受ける。その飲み方や食べ方の礼儀のなさには困ったものだ。葡萄酒は水で割らずに飲むし、下手な歌をがなり立てる。

※古代ギリシャでは、酒は水で割って飲むのが習慣でした。

この客をもてなすために、泣くこともかなわず、奥様への別れの挨拶もできず、お見送りもできなかった。また、「悲しい顔をしてもてなしてはならぬ」というアドメトス様からの言いつけもあった。

(酔ったヘラクレス登場)

ヘラクレス
おい、こら、客に向かってそんな不景気な顔をするんじゃない。俺の言うことをよく聞け。人間、誰しも死ぬものだ。この館で死んだのは身内ではなく縁故の者だというではないか。だから、無理をしてでも景気よく飲め。そうすれば、ふさぎ込む気持ちも和らぐだろう。

召使
今の私たちの立場は、冗談を言ったり、酒盛りをする気分ではないんです。

ヘラクレス
死んだのは、よその女性なのだろう?ご主人の命に関わることではないのだから、そんなにふさぎ込むなよ。

ヘラクレス、真相に気づく

召使
本当に、ご存じないのですか。

ヘラクレス
アドメトス殿が、俺に嘘をついていないならな。

召使
じつは、奥方が亡くなられたのです。しかし、旦那様はあなた様を普通にもてなすようにとおっしゃっていました。

ヘラクレス
なんとしたことだ!縁故の女性が亡くなったのだと思って、気分を吹き飛ばそうと景気よく飲んだのだ。君もそうなら、はっきり言ってくれればよかったんだ。ところで、どこに埋葬に行っているんだ?

召使
ラリッサの道をまっすぐ進み、町はずれを出ると、切石の墓があります。

ヘラクレス
さあ、ゼウスとアルクメネの息子がどれほどのものか見せてやろう。どうあっても、亡くなった奥方アルケスティスをこの館に取り戻してやる。

死神がやってきても締め上げて、けっして奥方を連れて行かせない。もしそれができなければ、冥界に下りていって、ハデスとペルセポネ夫妻から貰い受けてくるつもりだ。

(ヘラクレス退場)

葬式後も嘆き悲しむアドメトス

(アドメドス、コロス、従者、葬式より帰ってくる)

アドメトス
まったく、私はつらい運命に生まれたものだ。いっそ死んでしまいたい。いっそ、アルケスティスを妻にしなければよかったのだ。共に暮らさなければ、子もなく妻もなく、無事に一生を過ごせただろうに。

長老たちよ、なぜ私を妻と共に横たわらせ、死なせてくれなかったのか。そうすれば、冥界の王も、一つの魂ではなく二つの真実の魂を得て喜んだだろうに。

コロス
アドメトス様は生きながらえました。奥方は愛情を残して逝かれました。それに、何の疑いがありましょうか。

アドメトス
この館へはもう入れぬ。あれが座っていた椅子や寝室。子は母を求めて泣き叫び、召使も女主人の尊さを思い、嘆き悲しむ。
その上、私に悪意を持つ者はこう罵るだろう。

「見ろ、生き恥をさらす男を。自分の妻を身代わりにして死を免れた者、あれでも男といえようか。両親を罵倒して、自分は死ぬのが嫌だと言いくさる」と。

ヘラクレスの無茶な願い

(ヘラクレス、布で頭と顔を隠した女と登場)

ヘラクレス
アドメトス君、親しい友には真実を伝えるべきだ。ところが、君は奥方が亡くなったのに、縁戚の女が死んだと嘘をついてまで僕をもてなしてくれた。だから、僕は頭に花の冠をつけ、楽しげに振る舞い、もてなしを受けていたのだ。君の家が喪中だと知らなかったのだから、こういう目にあわされては苦情を言いたくもなる、苦情をな。

だが、君を苦しめるつもりで帰ってきたわけではない。この女をしばらく預かってほしい。けっして、この女をさらってきたわけではない。競技の正当な褒美としてもらったものだ。僕が難業の一つ、ディオメデスの悍馬を連れて帰ってくる間だけでいい。もし戻ってこない場合は、君が世話をしてほしい。

アドメトス
けっして真実を隠していたわけではない。もし話していたら、君は他の家に泊まっていただろう。それは私にとって、悲しみの上にさらに悲しみを重ねることになるのだ。

ただ、この女は、他の友人に預けてくれないか。私の不幸を思い出させないでくれ。それに、若そうな女を館のどこに置けばいいのか。若い者同士が、過ちを起こすかもしれない。そうでなくとも、新しい女を家に入れたと非難されるだろう。

それに……この女は背丈も身なりもアルケスティスとそっくりではないか。ああ、私の目の届かぬところへ連れて行ってくれ。

ヘラクレス
あまり度を越して嘆き悲しむなよ。アルケスティスが立派な奥方であったことはわかっている。だが、いずれ他の女が君を慰めてくれることもあるだろう。そのとき、新しい結婚を考えればいい。

アドメトス
黙ってくれ、なんということを君は言うのか。アルケスティスがもうこの世にいないとしても、裏切るくらいなら死ぬほうがましだ。

ヘラクレス
まったく君は大したものだ。だが、とにかくこの女を君の屋敷の中に迎え入れてくれ。

アドメトス
やめてくれ、君の父上ゼウスにかけてお願いだ。

アルケスティス、現る

ヘラクレス
だが、預からなければ、君は大きな間違いを犯すことになるよ。ちょっと見てくれたまえ。

(ヘラクレス、頭と顔を隠していた布を取って、アドメトスにその手を取らせる)
このご婦人を見てみろ、君の奥さんと似ていないか?

アドメトス
おお、神々よ! こんな驚きがあるとは…正真正銘の妻なのか? それとも、偽りの喜びではないのか?

ヘラクレス
間違いなく、君の奥さんだよ。

アドメトス
さっき埋葬したばかりの妻が、目の前にいるとは。しかし、一体どうやって冥界から連れ戻したのだ?

ヘラクレス
墓のそばで、ちょっと死神と取っ組みあったのさ。

アドメトス
でも、どうして妻は何も話さないのだ?

ヘラクレス
地下の神々の禁忌があり、三日目の朝が来るまでは君に声をかけることができないのだ。ともかく、奥さんを屋敷の中へ入れてあげたまえ。僕はこれからまた難業に行かなくてはならない。では、ごきげんよう。

アドメトス
ヘラクレス君、どうかしばらく我が屋敷に泊まってくれ。

ヘラクレス
急ぎの用があるから、それは無理だよ。

アドメトス
では、無事にやり遂げてくれ。そして、帰りには必ず寄ってほしい。

[終劇]