1話5分で読めるギリシャ神話

ギリシャ神話の神・女神・英雄のエピソードが、絵画で分かりやすい。また、ギリシャ神話はあなたの美術鑑賞に役立ちます。〈アートバイブル〉も、絵画でわかりやすい聖書です。

アガメムノン 前編

【アイスキュロス作:オレステイア3部作の第1作】
トロイア遠征・総大将アガメムノンが10年目にして勝利を成し遂げ、ギリシャ・アルゴスに帰国。待っていたその運命は?

アガメムノンの黄金のマスク
〈アガメムノンの黄金のマスク〉

〔夜更けのアガメムノン宮殿前〕
物見の男
「奥方様〜、トロイアからの松明、攻めとった合図です。お起きなされて、歓迎と祝いの準備を」
(独白)『もとはいえば、男のような企みを謀るお奥方様が指図をされたことなのだが...その理由は内証、内証』

〔館の中に明かりが灯りあわただしくなる。知らせを受けた市の長老たち(以下「コロス」)登場〕

コロス
「アトレウス家の二人の王アガメムノン様とメネラオス様がギリシャ勢を率いてトロイアに攻め入り10年目」
〔アガメムノン王妃クリュタイメストラ登場〕
「この知らせは、真なのですか?喜ばせておいて、間違いということはよくあること?」

クリュタイメストラ
「真の知らせです」
コロス
「して、その証拠はござりましょうか?」
クリュタイメストラ
「ヘパイストス神です。トロイアのイーダ山から合図の松明の火が送られて、火の飛脚をここまでもたらしました」
コロス「奥方様、詳しくお教え下さいませ」
クリュタイメストラ
「トロイアを今日という今日ギリシャの兵が占領したということです。市の中に征服された者と征服した者との声が、混じり合わない酢と酒のように聞こえます。また、勝者は貪欲の心にまけて略奪などしないで、トロイアの守り神の御社を敬いまつるなら、無事に帰ることができましょう」
コロス
「奥方様、分別のある殿方のような利発なお言葉でございます」
〔クリュタイメストラ宮殿の中へ〕

コロス
「もうすぐ分かるだろう、火を次々に伝えたという松明が真実か、夢なのかどうか。あれ、浜辺から伝令の使いが来る。しっかりと人の口から聞きたいものだ」

〔そんなに早く到着するはずがないが、伝令登場〕
伝令
「おお、アルゴス国のなつかしい地面よ、十年目の今年に帰ってきたぞ。ゼウス様、アポロン様、あらゆる神々様。帰ってきた軍をお受け入れください。
ここにいる皆様、アガメムノン王を歓迎してください。トロイアをゼウスの馬鍬もって、掘りくつがえした大将を」
コロス
「伝令の方、どんなに始終暗い心で、吉報をこの10年間待っていたことか」
伝令
「トロイアでの宿営の悪さ、冬のイーダ山の大鳥でも死ぬという雪嵐の寒さ、夏の大海原の気怠い暑さ、嘆いても戻らない死んでしまった兵士、すべて昔のこととなりました。トロイアを陥落させたのですから。失ったものを超える戦利品も手に入れました。将軍たちを讃えましょう、大神ゼウスを崇めましょう」
コロス
「館の人たち、とりあけクリュタイメストラ様にもこの知らせをお伝えくだされ」

〔クリュタイメストラ登場〕
クリュタイメストラ
「私はさっきから万歳をあげていました。皆様がたは、女の松明の話など信じていないようでしたが。また、殿ご自身から何もかも伺えようというのに、伝令の方から聞く必要はありません」
〔クリュタイメストラ退場〕

コロス
「しかして、メネラオス様や他の将軍は?」
伝令
「他の船に乗って帰った将軍たちのことは、私は存じ上げていません。色々な事情がありますから」
※オデュッセウスの10年にわたる放浪、カサンドラーを陵辱した小アイアースは難破して死亡など

アガメムノンの帰還
〈アガメムノンの帰還〉

〔アガメムノン王、戦利品のトロイア王妃カサンドラーとともに車駕に乗って登場〕
コロス
「おお、お帰りなさいませ、アトレウス家の王。トロイアの都をうち滅ばしたお方。当初はヘレネーたった一人のために、遠征軍を起こすとは興ざめに思っておりました。が、ことを成し遂げたなら、もう疎ましくは存じませぬ」
アガメムノン
「御身らの心のうちは聞き心得ている。わしも、御身らの意見と同じ所存である。さて私の第一のつとめは、まずトロイアに報復したことを神々に感謝することであろう」

〔クリュタイメストラ登場〕
クリュタイメストラ
「私は、これまでの淋しい心のうちを話しても恥ずかしいこととは思いません。殿様が怪我をしたなど意地の悪い噂のため、死にたいと思い、何度梁に縄をかけたことでしょう。しかし、他の良い噂がその縄を外してくれました。今のわたしには湧いて出る涙の泉も、すっかり枯れ切ってしまいました。夜寝つかれない目は、腫れて痛みます。
こうしたわけで、殿さまに何かあった場合、災いにあわぬよう息子オレステスはポーキスのストロピオス様のところに預けました。
なんにせよ、苦しみを逃れ出るのは楽しいことです。
(侍女に)何をぐずぐずしておるのです。殿様のお通り路に紫の敷物をしきなさい。
アガメムノン
「レーダーの娘よ、わたしの留守の館を長く守ってくれた。が、歓迎にあまりの華奢をつくしてはならぬ。神の嫉みを招くのはよろしからぬ。神としてでなく、人間の夫として敬うてくれといっておるのだ」
※クリュタイメストラは白鳥になったゼウスとレーダーの娘でヘレネーとは姉妹
クリュタイメストラ
「一つお訪ねしとうございます、ほんのご心中を。他の誰か、反対にトロイアのプリアモス王がこの勲しを立てられたとしたら、どうしたとお考えですか」
アガメムノン
「いかにもきっと、美しい錦の敷物の路を歩んだろうなあ」
クリュタイメストラ
「では、お聞き入れを。わが館には、黄金にもひとしい衣を染める紫貝が豊富にありますから」
アガメムノン
「御身がぜひと言われるなら、裸足で紫の上を踏み歩んで、館に参るとしよう」
〔アガメムノン車駕を降りて、厳かに宮殿の門にすすむ〕

クリュタイメストラ(独白)
「いとしい娘イーピゲネイアの命を取り返す工夫をこらしていたおり、ご神託をいただくお宮で、私にそう指図がありましたら、いくらでも殿の血で染まった敷物を差し出しましょう。殿が、館の奥の竃処(ひどころ)にお帰りあそばれたのは、嵐の冬が立ち戻ったとの報せのよう。ゼウス大神が、まだ酸いの葡萄の房から酒を醸させなさいます今、寒さが館に立ち戻る。申し分なく務めを果たす殿御が家に来ていますから。願いを果たさすゼウス御神、なにとぞ私の願いを遂げさせてくださいませ」

アガメムノン 中編 ▶

クリュタイメストラ
〈クリュタイメストラ〉