1話5分で読めるギリシャ神話

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ビュブリスとカウノス

ビュブリスとカウノス
ローレント・デルヴォー〈ビュブリスとカウノス〉

道ならぬ恋

妹ビュブリスと兄カウノスは、美しい双生児です。幼い頃、ビュブリスは兄に抱きついたり、キッスもしました。それが普通の兄妹愛だと思っていたのです。「妹よ」と呼ばれるより、「ビュブリス」と名で呼ばれたい。兄の側にきれいな女の人がいれば、嫉妬する。ビュブリスは自分のことが分からないまま、いつしか、兄への恋にとりつかれてしまいました。

目覚めている時は不純な望みを抱かなかったのですが、眠りに落ちると、兄に抱かれる夢を見るようになりました。
「ああ、哀れなわたし。決して夢が実現しませんように。お兄さまでなかったら、親も喜ぶし、わたしの夫にもふさわしいのに。ああ、目覚めている時に、罪なことをしなければ良いのだ。せめて、夢の中では官能の喜びを味わいたい。誰も見てはいないのだから。

ああ、このままだと、カウノスお兄さまは、別の女を奥さまにしてしまう。ゼウスだって、姉妹のヘーラーを妃にしているのに。神々の掟は、人間界の掟とは違うとは分かってます。
でも、兄さんがわたしを欲すれば、わたしは受け入れる。では、わたしから仕掛けてみたらどうだろう。あとは、兄さんの判断にまかせよう」

ロウ板をとり、鉄筆でしたためるビュブリス

幸せというものは、あなたによってしか与えられません。あなたのために、愛をこめて祈ります。ビュブリスと明かすのは、とても恥ずかしいのです。「なにを願っているのか」とおたずねされても、名前を隠して話せたらいいのに。

わたしの心の悩みを、兄さんは分かっていたでしょう。わたしの顔の色、表情、濡れた目。狂おしい恋の火を消そうとして、分別を取り戻そうとあらゆる手立てをつくしたのです。神々もご存知のはず。でも、負けてしまいました。わたしを生かすのも殺すのも、それができるのは兄さんだけ。

この世の掟を守るのは、年寄りたちの仕事。わたしたち若者には、向こう見ずな〈愛神〉こそふさわしい。偉大な神ゼウスの先例に従います。厳しい父、世間体への気がねや恐怖心が、わたしたち二人を妨げることがありませんように。すべてが許されることを信じてます。人目をしのぶ甘美なわたしたちの愛は、兄弟愛という名のもとに隠せましょう。

どうか、愛を告白しているわたしを、あわれんでくださいますように。

ビュブリスとカウノス

カウノスの激怒

手紙を刻み終えたビュブリスは、最後に指輪の印象を押して、手紙に封をしました。涙が流れ、喉もカラカラに乾いていました。それでも、召使いを呼ぶと「この手紙を届けて欲しいの...」そして、ながい間を置いてから「兄さんのところへ」とやっと伝えました。召使いに渡そうとしたその時、ロウ板がすべり落ちました。
「もしや、凶兆ではないか...」と、ビュブリスの心は騒ぎましたが、決心は変わりません。

召使いは時をみて、手紙のロウ板をカウノスに渡しました。カウノスは読みかけた途端、怒りに駆られてロウ板を放り投げました。
「このゴロツキが!許されぬ邪恋を取り次ぐとは!今すぐ、立ち去れ。わが家の恥が明るみに出ることになるかと思うと、命だけは助けてやる」
一目散に逃げ帰った召使いは、カウノスの激しい言葉をビュブリスに伝えました。

ビュブリスの決意

召使いからカウノスの激しい言葉を聞くと、ビュブリスは色青ざめ、体がぶるぶる震えました。だが、しばらくして我にかえると激しい感情が、また沸き起こってきました。
「これは、当然のことだ!どうして、軽率にも伝えてしまったのだろう?もう少し、あいまいな表現をして、お兄さんを試してみればよかったのだろうか?ロウ板を落とした時、凶兆として望みはないと教えていたのに。
それにしても、手紙などをあてにせず、自分で話すべきだった。面と向かって、わたしの激情のすべてをさらけ出せばよかった。もしや、あの召使いが手紙を渡すタイミングが悪かったのだろうか?」
ビュブリスの頭の中は、ああでもない、こうでもないといった妄想がいっぱいでした。

しばらくして、ビュブリスは顔を上に上げるとつぶやきました。
「もう一度、やってみよう。自分がやったことを撤回するなら、最初からやらなければ良いのだ。やりかけたことは、やりぬくということだ。でなければ、兄さんは私の気持ちが浮ついた、ただ単に情欲に負けただけととるかもしれない」

ビュブリス
ウィリアム・アドルフ・ブグロー〈ビュブリス〉

ビュブリスの恋の果て

それからも、ビュブリスは何度も何度も、なりふり構わず兄カウノスにアタックしました。しかし、哀れにも、彼女はカウノスに拒否されるだけ。とうとう、カウノスは故国を去って、異境の地に新しい国を立てることになったのです。

ビュブリスは悲嘆にくれ、正気をなくしてしまいました。自らも故郷を捨て、着物もはぎ取り、胸を打ちくだき、兄カウノスを追ったのです。荒野で叫んだりするビュブリスの姿は、ディオニソスに従い、酔い踊る女信者さながらでした。

とうとう、森が尽きたああたりで、追うことに疲れ果てたビュブリスは、崩れ落ちてしまいました。森のニンフが抱き起こし、慰めても、聞く耳を持たないビュブリス。無言で横になったまま、草をかきむしり、涙で草を濡らしているだけのビュブリス。いつしか、その姿は自分の涙に溶けて、そこは、泉と変わりました。