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ビュブリスとカウノスデルヴォー〈ビュブリスとカウノス〉

妹ビュブリスの道ならぬ恋

妹ビュブリスと兄カウノスは、美しい双生児。幼い頃、妹は兄に抱きついたり、キスもしました。それが普通の兄妹愛だと思っていたのです。

彼女は「妹よ」と呼ばれるより、「ビュブリス」と名で呼ばれたいといつも思っていました。また、兄のそばにきれいな女の人がいれば、嫉妬もしました。

このように、ビュブリスは自分のことがよく分からないまま、いつしか、兄への恋にとりつかれていたのです。

ビュブリスは目覚めている時は不純な望みを抱かなかったのですが、眠りに落ちると兄に抱かれる夢を見るようになりました。

「ああ、哀れなわたし。決して夢が実現しませんように。お兄さまでなかったら、親も喜ぶし、わたしの夫にもふさわしいのに。

ああ、目覚めている時に、罪なことをしなければいいのだが。せめて、夢の中では官能の喜びを味わいたい。
誰も見てはいないのだから。ああ、このままだと、お兄さまは、別の女を奥さまにしてしまう。

ゼウスだって、姉のヘラを妃にしているのに。神々の掟は、人間界の掟とは違うのは分かってます。
でも、兄さんがわたしを欲すれば、わたしは受け入れる。では、わたしから仕掛けてみたらどうだろう。あとは、兄さんの判断にまかせよう」

ビュブリスから兄への手紙

幸せは、あなたによってしか与えられません。あなたのために、愛をこめて祈ります。
ビュブリスと明かすのは、とても恥ずかしいのです。「なにを願っているのか」とおたずねされても。ああ、名前を隠して本心を話せたらいいのに。

わたしの心の悩みを、兄さんは分かっていたでしょう。顔の色、表情、濡れた目。狂おしい恋の火を消そうとして、分別を取り戻そうとあらゆる手立てをつくしました。

神々もご存知のはず。でも、負けてしまいました。わたしを生かすのも殺すのも、それができるのは兄さんだけ。

この世の掟を守るのは、年寄りの仕事。わたしたち若者には、向こう見ずな〈愛〉こそふさわしい。偉大な神ゼウスの先例に従います。

厳しい父、世間体への気がねや恐怖心が、わたしたち二人を妨げることがありませんように。すべてが許されることを信じています。人目をしのぶ甘美なわたしたちの愛は、兄弟愛という名のもとに隠せましょう。

どうか、愛を告白しているわたしを、あわれんでくださいますように。

激怒するカウノス

手紙をロウ板に刻み終えたビュブリスは、最後に指輪の印象を押して、手紙に封をしました。涙が流れ、喉もカラカラに乾いていました。

それでも、召使いを呼ぶと「この手紙を届けて欲しいの……」と渡します。

そして、ながい間を置いてから、「兄さんのところへ」とやっと伝えました。召使いに渡そうとしたその時、ロウ板がすべり落ちました。

「もしや、凶兆ではないかしら」と、ビュブリスの心は騒ぎましたが、決心は変わりません。

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召使いは、手紙のロウ板をカウノスに渡しました。カウノスは読みかけた途端、怒りに駆られてロウ板を放り投げつけました。
「このゴロツキが! 許されぬ邪恋を取り次ぐとは! 今すぐ、立ち去れ。わが家の恥が明るみに出ることになるかと思うと、命だけは助けてやる!」

一目散に逃げ帰った召使いは、カウノスの激しい言葉をビュブリスに伝えました。

ビュブリスの決意

召使いからカウノスの激しい言葉を聞くと、ビュブリスは青ざめ、ぶるぶる震えました。だが、しばらくして我にかえると、また激しい恋心がわき起こってきました。

「これは、当然のことだ! どうして、軽率にも伝えてしまったのだろう? もう少し、あいまいな表現をして、お兄さんを試してみればよかったのだろうか?

ああ、わたしはロウ板を落とした時、凶兆とわからなかったのか。

それにしても、手紙などをあてにせず、自分で話すべきだった。面と向かって、わたしの激情をさらけ出せばよかった。もしや、あの召使いが手紙を渡すタイミングが悪かったのだろうか?」

ビュブリスの頭の中は、ああでもない、こうでもないといった妄想がいっぱいでした。しばらくして、ビュブリスは顔を上げるとつぶやきました。

「もう一度、やってみよう。自分がやったことを撤回するなら、最初からやらなければよかったのだ。やりかけたことは、最後までやりぬく。でなければ、兄さんは私の気持ちが浮ついた、ただ単に情欲に負けただけととるかもしれない」

ビュブリスの恋の果て

ビュブリスは何度も何度も、なりふり構わず兄カウノスにアタックしました。

しかし、哀れにも、彼女はカウノスに拒否されるだけ。とうとう、カウノスは故国を去って、異境の地に新しい国を立てることになり国を出ました。

ビュブリスは悲嘆にくれ、正気をなくしてしまいました。自らも故郷を捨て、着物もはぎ取り、胸を打ちくだき、兄カウノスを追ったのです。荒野で叫ぶビュブリスの姿は、ディオニソスに従い、酔って踊る女信者さながらでした。

とうとう、森のはずれで疲れ果て、崩れ落ちてしまったビュブリス。森のニンフが抱き起こし、慰めても、聞く耳を持たないビュブリス。無言で横になったまま、草をかきむしり、涙で草を濡らすだけのビュブリス……

いつしか、その姿は自分の涙に溶けて、そこは、泉と変わりました。